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大阪地方裁判所 昭和59年(わ)382号 判決

主文

被告人を懲役二年及び罰金四〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市淀川区西中島《番地省略》所在の前衛ビルにおいて、飲食店「喫茶ラウンジ甲野」を経営していたものであるが、

第一  別紙一覧表記載のとおり、昭和五八年六月六日ころから同年一一月二四日までの間、ホステス名下に雇い入れたJことA子ほか五名の婦女子を同店内客室に住み込ませたうえ、同店内客室において、Iら不特定多数の男客を相手に対償を受けて性交させ、もって、右A子ほか五名を自己の占有管理する場所に居住させて、これに売春をさせることを業とし

第二  昭和五八年五月一〇日ころの午後八時五〇分ころ、同店において、PことG子との間で、同女をして同店内客室で不特定の男客を相手に対償を受けて性交させることを約し、もって、人に売春をさせることを内容とする契約をし

第三  同年一〇月中旬ころの午後七時三〇分ころ、同店において、QことH子との間で、同女をして同店内客室で不特定の男客を相手に対償を受けて性交させることを約し、もって、人に売春をさせることを内容とする契約をし

たものである。

(証拠の標目)《省略》

なお、弁護人は、当裁判所が刑事訴訟法三二一条一項二号前段(以下号のみで示すのは同条項のそれである。)該当の書面として取り調べ、判示第一の事実の認定に供した前掲A子、B子(二通)、C子、D子、E子(二通)及びF子(二通)の検察官に対する各供述調書(以下右供述者六名を「本件各供述者ら」といい、右供述調書九通を「本件各供述調書」という。)は、いずれもその供述が信用すべき情況のもとになされたものでないから証拠能力が認められないものである旨主張するので、これに対する当裁判所の判断を示しておくこととする。

弁護人が右主張の理由として述べるところは、必ずしも明確ではないが、おおむね以下のとおりと解せられる。すなわち、検察官の面前における供述を録取した書面(以下「検面調書」という。)は、二号前段に該当しても、反対尋問に代わる程度の信用性の情況的保障がなければ、証拠能力が認められないところ、本件各供述調書は、次の点において信用性の情況的保障が認められないものである。

1  本件各供述者らは、いずれもタイ国籍の女性であって、本件捜査当時すでに国外への退去強制が予定されていたため、公判廷で供述できないことが明らかであったのに、検察官はそれを承知のうえで、本件各供述調書を作成した。しかし、本件各供述者らが、反対尋問にさらされることがないという事情のもとで、真実を述べたという保障はない。のみならず、警察が本件で被告人方「喫茶ラウンジ甲野」を捜索した直後に豊中警察署へ連行した被告人方女性従業員は一二名であったのに、検察官は、そのうち国外退去強制が明白で、公判廷において反対尋問を受けるおそれのない本件供述者らに限って本件各供述調書を作成し、これに基づいて公訴事実を構成したものであり、そこには、被告人に反対尋問の機会を与えずに、一方的な立証をしようという露骨な意図が表われている。(なお、検察官としては、本件各供述者らの国外退去が明確に予測され、しかも被疑者が否認しているという状況のもとで、本件各供述者らの供述を証拠にするには、憲法三七条二項の趣旨を尊重し、刑事訴訟法二二六条、二二七条の第一回公判期日前の証人尋問の制度を準用して、反対尋問の機会を与えることができたのに、その方法をとらなかった。)

2  本件各供述調書は、いずれも通訳人を介して本件各供述者らのタイ語による供述を録取したとされているが、その通訳の正確性を担保するためには、日本語による質問とそのタイ語への翻訳、タイ語による供述とその日本語への翻訳という供述録取の過程が正確になされたことを検案しうる合理的な方法がとられるべきであったのに、検察官はその方法をとらなかったものであり、本件各供述調書からは、本件各供述者らの供述が正確に翻訳されたという情況的保障がない。

そこで、検討するのに、弁護人が主張するように二号前段に該当する検面調書についても証拠能力の積極的要件として信用性の情況的保障が要求されるとする見解もあるが、当裁判所は右見解とは考えを異にする。すなわち、憲法三七条二項は、裁判所が尋問すべきすべての証人に対して被告人にこれを審問する機会を充分に与えなければならないことを規定したものであって、被告人にこのような審問の機会を与えない証人の供述には絶対的に証拠能力を認めないとの法意を含むものではないこと(最高裁判所昭和二四年五月一八日大法廷判決・刑集三巻六号七八九頁及び同昭和二七年四月九日大法廷判決・刑集六巻四号五八四頁)、及び刑事訴訟法は、原則として伝聞証拠の証拠能力を否定したうえで(三二〇条)、実体的真実発見の必要から例外的にその伝聞証拠の種別により要件を定めて証拠能力を認めているところ(三二一条ないし三二八条)、二号前段の検面調書については、同号但書の適用がないことはその但書の規定上明らかであり、かつ、明文で三号但書のような信用性の情況的保障が要求されていないことに照らすと、右検面調書を証拠とするにつき信用性の情況的保障は積極的な要件とされていない、換言すれば、積極的に信用性の情況的保障の存在が立証されなくても、二号前段に該当するだけでその証拠能力を認めることができると解すべきであると考える。しかし、二号前段の検面調書における供述は、供述録取者である検察官が国家機関であり客観義務を負うとはいえ、訴追者の立場にあることから、一号の裁判官の面前における供述ほど公平が担保されているとは限らないこと、及びその供述は宣誓を強制されないでなされていることにかんがみ、その供述が信用できない情況のもとでなされる可能性がないわけではないから、検面調書が二号前段の要件さえ充たせば絶対的に証拠能力が認められるとすることもできないと考える。そうしてみると、二号前段の検面調書でも、その供述が信用できない情況のもとでなされた疑いがある場合には、証拠能力が否定される、すなわち、不信用の情況が証拠能力の消極的要件であると解するのが相当である。

右の観点から、まず、弁護人主張の1の点について審究する。思うに、被告人以外の者が近日中に本邦から出国し、将来国外にいるため公判廷(公判準備を含む。以下同様。)において供述することができないと見込まれる情況のもとにおいて、検察官が、その情況を承知したうえ、将来二号前段の書面として証拠とする見通しを持ってその者の検面調書を作成したとしても、そのことだけで、その検面調書における供述が、信用できない情況のもとでなされた疑いがあるとはいえない。しかし、検察官がその供述者を意図的に本邦から出国させようとしていた場合、又はその供述者が早期に本邦から出国できるよう便宜を図ったりした場合、あるいは公判廷で供述できる者がいるのに、その供述を求めないで、あえて本邦から出国する予定者についてだけ検面調書を作成してこれを証拠にしようとした場合などのように、故意に被告人の公判廷における反対尋問の機会を失わせようとしたことが窺われる場合には、その供述が信用できない情況のもとでなされた疑いがあるものと考えてよい。これを本件についてみるに、大阪入国管理局長作成の捜査関係事項照会回答書によれば、本件各供述者らは、いずれもタイ国籍の者であるが、出入国管理及び難民認定法二四条四号ロ(在留期間経過)又は同条号イ・ヌ(在留資格外活動・売春業務従事)に該当する者として昭和五八年一二月一二日又は同月一四日に退去強制により本邦からタイ・バンコクに向けて出国させられていることが認められるところ、証人山本博の当公判廷における供述及び司法警察員作成の昭和五八年一二月二四日付捜査報告書抄本によれば、警察官らは、被告人に対する売春防止法違反被疑事件につき、被告人方「喫茶ラウンジ甲野」において被告人を逮捕し、捜索差押えをした際、同店の女性従業員としては本件各供述者らを含むタイ国籍の女性九名及び日本人女性三名合計一二名が同店内にいたので、その全員を参考婦女として大阪府豊中警察署に任意同行し、いずれも取り調べたうえ、それぞれの司法警察職員に対する供述調書を作成したこと、その後、大阪地方検察庁検察官副検事山本博(以下「山本検察官」という。)は、警察から右事件の送致を受けて担当主任検察官としてほか一名の検察官とともにその捜査にあたり、右参考婦女のうち、本件各供述者ら六名と日本人女性三名を取り調べ、本件各供述調書(作成日付は同年一一月二五日から同年一二月九日までの間)及び日本人女性三名の各検面調書を作成したこと、山本検察官らがタイ国籍の女性九名のうちから本件各供述者ら六名に限って取り調べたのは、右九名の司法警察職員に対する各供述調書を検討したところ、いずれも被告人の売春防止法違反の事実に関しては同様の内容のものであったことから、被告人に対し売春防止法違反被告事件として起訴し、立証するには本件各供述者ら六名の取調べで足りると判断し、あとの三名については取調べを省略することにしたこと、山本検察官らは、本件各供述者らを取調べ、本件各供述調書を作成した当時、本件各供述者らが近く出入国管理当局により国外へ退去強制させられ、公判廷で供述することができなくなるであろうことは予測していたこと、以上の各事実が認められるにすぎず、当審で取り調べた全証拠及び本件記録を検討しても、山本検察官らにおいて、本件各供述者らを本邦から退去させることに関与し、あるいはほかに公判廷で供述できる者がいるのに、意図的にその供述を求めないで、将来公判廷で供述できる見込みのない本件各供述者らの本件各供述調書だけを作成したなど故意に被告人の公判廷における反対尋問の機会を失わせようとしたことを窺うべき事情は見当らない。以上のとおりであって、山本検察官らは、本件各供述者らがいずれも公判廷で供述できない見込みであることを承知しながら本件各供述調書を作成しているが、その各供述が信用できない情況のもとでなされた疑いはなく、本件各供述調書は、いずれもその証拠能力に欠けるところはないというべきである。(なお、弁護人は、検察官が本件各供述者らの供述を証拠にするためには、刑事訴訟法二二六条、二二七条の規定を準用し、第一回公判期日前の証人尋問を請求すべきであった旨主張するが、右各条文は、検察官に捜査に必要な資料の収集及び証拠保全をさせる趣旨の規定であり、被告人の反対尋問権を保障するための規定ではないから、検察官が右方法をとらなかったことをもって、検察官に被告人の反対尋問権を侵害する意図があったということはできないというべきである。)

次に、弁護人主張の2の点を考えてみるのに、弁護人は、通訳の正確性を二号前段の検面調書の信用性の情況的保障の問題としているが、通訳の正確性は外国語による供述を通訳人を介して日本語で録取した供述調書に共通する証拠能力の問題ではないかと思われる。しかし、いずれにしても結局のところ本件各供述調書について通訳が正確になされたかどうかの問題に帰着する。

ところで、捜査官が日本語を解しない外国人を通訳人を介して取り調べ、外国語による供述を得て供述調書を作成する方法については、通訳の正確性を担保するため、問答体によって供述を録取し、かつ、日本語による供述調書を作成するほか、これに通訳人により供述者に読み聞かせた外国語の翻訳文を添付するなどの方法をとることが望ましいと思われる。しかし、そのような方法をとらず、本件各供述調書のように、記述体で供述を録取し、かつ、日本語だけで作成された供述調書であっても、その通訳の正確性が確認できる限り証拠能力を欠くものではないというべきである。そこで、本件各供述調書作成にあたり通訳が正確になされたかどうかを検討するのに、本件各供述調書をみると、いずれもその末尾に通訳人堀江利乃又は同西村朋也を介して供述を録取して読み聞かせたところ本件各供述者らが誤りのないことを申し立てて署名指印した旨の記載があり、かつ、本件各供述者らの署名指印及び右各通訳人の署名押印(これは誤りなく通訳したことを担保するものと解される。)がなされていることが明らかであって、これに証人山本博の当公判廷における供述により認められる次の事実、すなわち、右各通訳人はいずれもタイ語に堪能な者であること、右各通訳人の通訳により取調べにあたった検察官の日本語と本件各供述者らのタイ語による対話が相互によく理解され、検察官の取調べが円滑になされたこと、及び本件各供述者らはそれぞれ本件各供述調書の供述録取内容を右各通訳人によりタイ語で読み聞かされたことを併せ考えると、本件各供述調書作成過程における通訳は正確になされたものと認めることができる。したがって、本件各供述調書は、いずれも通訳人を介して作成されたことに関し証拠能力を否定すべきものではないといわなければならない。

以上説示のとおりであるから、弁護人の本件各供述調書はいずれも信用性の情況的保障がないから証拠能力がない旨の主張は採用できない。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和五三年一一月一〇日大阪地方裁判所で売春防止法違反、公然わいせつ各罪により懲役一年八月に処せられ、昭和五五年六月五日右刑の執行を受け終わり、(2)昭和五四年三月一三日大阪家庭裁判所で児童福祉法違反罪により懲役四月に処せられ、昭和五五年一〇月五日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は、検察官作成の前科調書及び右各宣告にかかる判決書謄本二通によってこれを認める

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、売春防止法一二条に、判示第二及び第三の各所為は、いずれも同法一〇条一項に各該当するので、判示第二及び第三の各罪についていずれも同法一五条を適用して、所定の懲役と罰金とを併科することとし、前記の前科があるので、右各罪の懲役刑についていずれも刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金四〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 野間洋之助)

〈以下省略〉

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